Swami Anand Svabhava (スワミ)

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スワミが多感な青春時代を送る頃、アメリカではベトナム戦争をきっかけに反戦運動が湧き上がり、それは欧米型の物質的繁栄に疑問を呈するカウンターカルチャーを発生させた。

やがてそれはヒッピームーブメントやフラワームーブメントと呼ばれ、ファッションや音楽、アートなどに反映され日本にも伝わってきた。当時の多くの若者がそうであったように若き、スワミも強烈にその洗礼を受けた。

それらのムーブメントにおける自然回帰、ナチュラル志向は多くの若者たちの共感を得たが、彼の心を強く捉えたのは、ムーブメントの根底に息づいていた東洋神秘思想に基づく精神世界であった。

青少年期に武道やサーフィンを通して自然界や内宇宙に関心を深めた彼は
自分自身を見つめ直そうとする国内外の放浪の旅の末、やがて彼は、インドのプーナへと辿り着き、1981年3月15日、OSHO (バグワン・シュリ・ラジニーシ) からイニシエーションを受けSannyasin(サニヤシン)となり、出家名、Swami Anand Svabhavaを授かる。
(その意味するところはBliss is ourself -nature:至福は私達、本来のありのままの姿です)

プーナにおける数々の体験の中で彼は多くを学んだが、自身が「ありのままの生を創造するただの人間である。」ことを知り、「探し求めていたものは自分自身の中にこそある。」と気付いた彼の目指した道は、宗教家や哲学者ではなかった。

自らが愛する音楽、アート、スポーツ、旅、踊り、笑い、の中に息づく深い精神性こそが魂の栄養に成り得ると確信し、独自の道を切り開いていくことを心に決めたのである。

帰国後、大阪心斎橋、東京原宿を中心に、オリエンタルアート、エスニック衣料、雑貨店

LEELA(リーラ)」

また、ボヘミアンファッションブランド「Flower Children (フラワーチルドレン)」を35年間に渡り、経営。

現在、ハワイ発のパワーストーンジュエリーブランド「SWAMI(スワミ)」のプロデューサー、オリエンタル美術品販売、OSHO禅タロットセラピーを行う。

スワミはOSHOとの縁が深く、誕生日(12月11日)が同じであったり、また、1981年にOSHOがインドを離れる 僅か数日前にイニシエーションを受けられた事、1986年にはネパールのカトマンズに商品の買い付けに行った際、OSHOと再会、数日間を共に過ごす事が出来ました。

また、偶然に乗り合わせた、機内で言葉を交わす事もありました。

スワミのリーデイングは、長年のスピリチュアル体験、豊富な海外経験、実業経験をもって、人生相談全般に多くの支持者を有しています。

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